みなさん、こんにちは。今回は、ミュージシャン紹介シリーズ第5弾です。

今回の記事では、前回のトッド・ラングレンの記事で少しだけ触れた、ローラ・ニーロさんをご紹介しようと思います。

それと今回は今までとは違って、おすすめアルバムとその作品に収録されているおすすめ曲を同時に紹介していこうと思います。

どちらがより分かりやすいのか、読み易いのか、自分でも試行錯誤している段階なので悪しからず。

この記事では、ローラさんの経歴を時系列で紹介していきます。

それでは、行ってみましょう!

デビュー前からファーストアルバム”The First Songs”発表まで。

ローラ・ニーロは1947年にニューヨークのブロンクスに生まれました。

両親ともに大の音楽好きで楽器のプレイヤーでもありました。それにニューヨークのブロンクスといえば、バリバリの黒人ゲットー。幼少期から生活に染み付くように黒人音楽が環境に溢れていて、それに親しんでいたことが容易に想像できます。

14歳の時にすでに近所のプエルトリカンの男の子たちとドゥーワップコーラスグループを結成していたとか。個人的にこの時の音源が残っているなら、ぜひ聴いてみたい。

高校はアート系の音楽学校に進学して、さらにジャズに目覚めただけでなく、ボブ・ディランなどのフォークにも傾倒しました。この二つのジャズとフォークという要素がのちの彼女の作風に大きな影響を与えているように思います。

高校卒業と同時に、自作曲を持って音楽出版社へ自ら売り込み。1966年にヴァーヴ・フォークウェイズと見事契約します。

そして、デビュー曲、”Wedding Bell Blues”を発表します。

  • Wedding Bell Blues.

何度聞いても飽きず、泣ける名曲。ローラさんの歌声もまだ軽くて、親しみ易い。

  • Wedding Bell Blues.(WTAI TV 1966)

こちらはどういう出自の映像なのかわからないけど、テレビに映る映像を当時のフィルムで撮影した感じ。写っているのはローラさんだけど、当時のPV作品か、もしくはテレビの歌番組のセットでローラさんが歌っている姿です。

この曲を出した当時は、音楽関係者から期待の大型新人と絶賛されたにも関わらず、残念ながらヒットしませんでした。

そして1967年、デビューアルバム”More Than A New Discovery.”をリリースしました。

  • More Than A New Discovery.

このアルバムはのちに、”The First Songs.”というタイトルで、ジャケットも冒頭に挙げたバラ一輪のイラストに改められてCBSから再発されます。

この中からのちに様々なミュージシャンが曲をカバーしたことで、音楽ファンにとって重要な作品となります。

それらの作品を次にご紹介します。

  • Wedding Bell Blues. Fifth Dimension.

黒人ソウルコーラスグループ、フィフス・ディメンションが”Wedding Bell Blues.”をカバーして、なんと全米1位に輝きました。

個人的にはローラが歌うオリジナルの方が好きだけど、彼女自身も黒人ソウルには多大な影響を受けているので、このカバーは嬉しかったはずです。

何よりも全米No. 1によって得られた知名度は、計り知れなかったと思う。

  • And When I Die. Blood Sweat and Tears.
  • And When I Die. Laura Nyro.

アルバムの最後を飾る曲です。最初にアップしたのは有名なBlood Sweat And Tearsがカバーしたバージョン。次がローラのオリジナルです。

明らかに、オリジナルの方がアレンジ、歌声、歌い方ともに優れています。何よりも歌に込められた情念が違う。

  • Stoney End. Laura Nyro.
  • Stoney End. Barbra Streisand.

こちらは”Stoney End.”のオリジナルと、映画、舞台、ミュージカル女優バーブラ・ストライサンドによるカバーバージョン。

どちらも甲乙つけがたいと思います。歌声の好みの違いかな?

ローラさんはもちろん、バーブラさんも歌が上手くて、ミュージカル出身だし、映画の代表作も「スター誕生」などのミュージカル映画と言うほどの人なので。

ローラのいかにも黒人音楽風の土臭いアレンジを、バーブラのバージョンは見事に洗練されたポップスにアレンジしています。バーブラさんのバージョンは、全米2位に輝きました。

アレンジ次第でこうも変わるのかという見本のような作品。

それと、この二つのPVというか動画を編集したのは、明らかに同じ人だけど、おそらく動画資料が圧倒的に少なく、画像を編集して、見事二人の女性の魅力を伝える動画に仕上げています。ピンナップ風の画像コラージュのセンスが抜群です。

  • He’s A Runner. Laura Nyro.
  • He’s A Runner. Cass Elliot.

10曲目収録の”He’s A Runner.”オリジナルと、キャス・エリオットのカバー。

こちらもクオリティ的には甲乙つけがたい。二人とも歌がうまい。この一言に尽きる。

  • Blowing Away. Laura Nyro.
  • Blowing Away. Fifth Dimension.

ローラさんの曲を一番多く取り上げているのがフィフス・ディメンション。本来、ローラよりも有名な人たちだし、曲をヒットさせて無名だったローラさんの知名度を押し上げたと言う偉大な功績の人たちです。

ローラさんは、フィフスお気に入りの作曲家という捉え方もできますね。

彼らは翌’68年、”Aquarius/Let The Sunshine in.”でグラミー賞を受賞します。

この曲はアルバム4曲目収録です。

  • Flim Flam Man. Laura Nyro.
  • Hands Off The Man.(Flim Flam Man.) Barbra Streisand.

どいう事情かはわからないけれど、タイトルが”Flim Flam Man.”から”Hands Off The Man.”に変わって、またもやバーブラさんにカバーされました。

バーブラさんが”71年に出したアルバムに収録されています。

単純にこのころのバーブラさんのお気に入りミュージシャンがローラだったのかも?

踏んだり蹴ったりだった、デビュー当時。

こうして見ると、前評判通り、デビューアルバムには素晴らしい楽曲がすでに多数収録されているけれども、経歴としては、決して順調ではなかったのです。

やっとメジャーデビューできたにも関わらず、曲はヒットせず、アルバムレコーディング時は、プロデューサーにあれこれ注文をつけられて、自分の思い通りに製作できなかったと言います。

そして、1967年6月17日、モンタレー・ポップ・フェスティヴァルに出演します。

  • Monterey Pop Festival.1967.Wedding Bell Blues./Poverty Train.

当時大人気のロックバンドたちが多数出演するアメリカの大規模音楽フェスにおいて、ローラさんは明らかに場違いでした。

ローラさん、涙を浮かべながら歌っています。

この後登場するジェファーソン・エアー・プレインでの観客の熱狂ぶりの格差が彼女に追い打ちをかけます。

演奏、歌唱は決して悪くないのに、観客の冷めた反応。そして大ブーイング。この時の苦い体験がトラウマとなって、彼女はこの後2年間、人前で歌わなくなります。

でも、この時の体験が、次に発表される2枚目、3枚目のアルバムの作風を決定したというのは、さすがに考えすぎですかね。

まとめ。Summary.

1stアルバムの紹介だけで、結構なボリュームになってしまいました。

長くなりそうなので、続きは次回に。

ローラさんは、メジャーデビュー直後は報われなかったけど、しかし、この1stアルバムから多くのカバー曲が出て、それらがことごとくヒットしたという事実が、彼女の作曲能力の高さを表しています。ソングライターとしてまさに一流です。

最後にローラさんが本当に最初に曲を売ることに成功したのは、”And When I Die.”で、相手はなんと有名なフォークグループ、ピーター・ポール・アンド・マリーでした。この曲のMary Traversバージョンをアップします。

  • And When I Die. Mary Travers.

同じ曲をカバーしたBlood Sweat And Tearsよりはずっとマシです。やはり一流ミュージシャンは曲のクオリティの高さを見抜く目は秀逸なんですね。

しかし、ローラさんはシンガーとして優れていることも事実です。むしろ、僕なんかは、彼女のシンガーとしての才能こそ、もっと評価されるべきだと思っています。

その辺りがはっきりわかるようになるのは、次回の記事から。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

またすぐ、お会いしましょう!

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