僕のApple製品購入歴と、それぞれの思い出。

PCで作業する、David Bowie氏。

My first PC.(初めてのパソコン)

FM-7とCMキャラクターだったタモリさん。

僕が初めてパソコンを買ったのは、確か中学生の時でした。

当時、マイコンブームがあって、両親にねだって買ってもらったのが、富士通のFM-7でした。今でいう、ガジェット好きの血脈が僕の中にも流れていたのかもしれませんね。

でも、当時は、インターネットもなくPCは全く人々の生活に根付いていなかった。仕事で使うことがあるかもしれない。という、無理やりな存在意義があって、完全にマニア向けの存在でした。

僕のような子供のユーザーは、ほとんどゲームで遊ぶのが使用目的でした。

実際にこの時のパソコンの用途は、当時のBASICというプログラミング言語で、パソコン雑誌に乗っているゲームのプログラムを真似てオリジナルのゲームを作って、遊んでいただけでした。

その後、大学進学とともに上京して一人暮らしという生活環境の変化で、しばらく、PCとは離れていました。

その後就職して、これからの若手社員は、コンピューターが使える方がいいと言われ、様々な研修に行かされました。その研修先で多かったのがUNIXというOS会社でした。

まだ、windowsブームの前でした。

windows95登場!

microsoftが大々的なキャンペーンを張って、世界的にwindowsブームが起きました。以降、一気にオフィスへのPC導入が広まりました。(オフィスのOA化なんて言葉もありましたね。)

このmicrosoftが仕掛けたキャンペーンは、一つのお祭り騒ぎでしたね。

当時、僕は、浅いながらもPCの知識があったので、windowsブームには否定的でした。

初めて会社でwindows osに触れて思ったのは、

「これ、Mac Osの丸パクリじゃん!」

この意見に関しては、windows派の人たちからたくさんの反論があると思います。でも、当時の僕が真っ先に思った素直な感想でした。

初めてのApple製品、購入。

僕が買ったものと同一モデルではないが、Appleが当時発売していた、power book

windowsがもたらしたブームによって、特に若い人たちの間で、新しいパソコンブームが起きました。

当時の、携帯電話みたいな急速な広がりはなかったけど、パソコンを持っていることがステータスというか、最先端をいっているイメージでした。

ほとんどの人たちがwindows搭載のPCを買う中、人と違うことがかっこいいと信じていた愚かな僕は、Apple製品にこだわり、渋谷のはずれにあった、Appleの販売代理店で、ローンを組んでpower bookを買いました。当時、20万円くらいはしたはずです。

当時は、Appleのロゴマークであるリンゴマークは虹色でした。

この頃、IT業界がメキメキと伸び始め、IT長者なんて呼ばれる人たちが話題になりました。

世の中がそうした風潮で、microsoft社の創始者、ビル・ゲイツ氏は一躍時の人になりましたね。時代の寵児。IT業界のカリスマです。

当時の会社経営者はみんな、ビル・ゲイツ氏の本を読んでいました。

Power Bookが故障した時のエピソード。


正確な年数は覚えていませんが、確か’90年代終わり頃でした。当時使っていたpower bookが故障したので、修理に出そうと思いました。

しかし、正規の販売代理店での無償保障期間が終わっていたので、代理店から紹介された、Apple製品の修理窓口に電話をかけ、自分で交渉しました。

その電話で言われたのは、現物を見ないと修理できるかどうか、また、修理可能だとしても、見積もりはいくらになるのか判断できないので、現物を窓口まで持ってきてほしいということでした。郵送する場合は、すなわち、修理依頼とみなし、即料金が発生するとのニュアンスでした。

仕方なく、power bookを購入時の箱に詰め、その重い箱を膝に抱えてバスに乗り、渋谷へ向かいました。(初のpower bookを買った代理店とは、全く別の会社です。)

バスで向かい、終点渋谷駅のバス停の1つ前のバス停で降りました。

立ち並ぶ雑居ビルの中の一角に入り、修理窓口があるテナントを見つけ、中に入りました。

そこには、簡素な広くはない室内の窓際に、会議用の長テーブルがあって、そこに横並びに技術屋さんらしい雰囲気のおじさんたちが並んでいました。

順番が来て、ある白髪のスーツではなく普段着と思われる服装をした、ちょっと痩せた感じの技術屋さんに呼ばれて、その人の前に座りました。

電源ボタンを押しても全く起動しないという、誰が見ても死んでいる状態でしたが、購入して1年後だったこと、悪い使い方はしていないし、高い買い物だったので諦めきれない。そうした趣旨のことを伝えました。

その技術屋さんは、電流が通じているかどうかを測るクランプメーターのような機械を取り出すと、いくつかのPC表面の接触部分に検針を当てて、

「やっぱり接触が悪いね。修理代8万円だ」と言いました。

僕は、法外な金額に驚いて、修理依頼を取り下げました。すると、その技術屋のおじさんは、

「だろうね。あと、本来なら相談料だけでも、¥10,000いただくんだけど、かわいそうだから、無料でいいよ」

と、どこまでも上からな物言いと、態度でした。

今では、日本でも、Apple careやApple storeのgenius barなど、修理保証サービスが確立されていますが、まだ、そういうものがない時代のエピソードでした。

iMac登場!

ブームとなった、初代iMac.

90年代に不在だったスティーヴ・ジョブズ氏が’96年にAppleに返り咲き、ここからAppleの見事な快進撃が始まります。

’98年に登場した初代iMacのスケルトンボディは、とにかくカッコよくて、その登場と存在は、革命的でした。カラーバリエーションも豊富でしたね。

当時は、iMacの影響を受けてグッズのスケルトンデザインブームがありましたね。

僕が覚えているのは、このiMacを起動すると、まず、インターネット・プロバイダーとの契約画面が始まること。

といっても、いきなり企業ページの無機質な広告が出てくるのではなく、インターネットの契約の仕方などが美しいアニメーションで説明されて、いくつかの選択肢が用意されたネットプロバイダーとの契約画面へと導かれるというもの。どこまでもユーザーフレンドリーなのがAppleの理念です。

ただし、このiMacは操作性はそんなに優れているわけではありませんでした。特に、付属の専用マウスは、完全にデザイン優先で、あまり使い物にならなかったのを覚えています。

思い出のiMac.(iMac G4)

AppleやiMacの歴史が語られるときに、なぜかあまり触れられることが少ないと個人的に思っているのが、この、iMac G4というモデル。

個人的には、初代iMacより優れたデザインだと思っています。

この後にモデルチェンジされた、完全に基部を廃したディスプレイとキーボードのみのiMac G5が、現在のiMacのデザインに引き継がれることになります。

長い間このデザインが崩れることはなく現在のiMacのスタンダードなデザインとなっています。

この頃は、ネットもかなり普及して、ADSLや光回線など、どんどん、通信速度も高速化していきました。同時に料金もどんどん安くなっていきました。

我々ユーザーが変化についていけないほどのめまぐるしさだったのを覚えています。

でも、まだ、ルーターとの接続は有線で、wifiの登場は、もう少し待たなければなりませんでした。

初代に比べて、G4は筐体も頑丈だし、キーボードやマウスの使いやすさは段違いでした。

でも、音楽好きの僕は、この頃Appleが発表したiTunesやipodの方がより親しんでいたかもしれません。あまり、ネットの世界にははまっていなかった。なので、ネットの歴史についてはあまり詳しくありません。

特に、iTunesとipodの登場は、IT業界だけでなく、音楽業界も変革しました。この件に関しては、僕のような音楽好きに関しては、重要な出来事なので、いつか、別記事にまとめてみたいと思います。

Mac Book Air登場!

Mac Book Airが発表されたあたりから、デスクトップから、ノート型へと個人的には移行しました。最初に買ったのが、power bookだったことを考えると、ノートPC派への移行は、原点回帰だったのかもしれませんね?

筐体の軽さだけではなく、wifiがこのころから普及し始めて、有線による縛りから次第に解放されていったのです。時代はワイヤレスに突入します。

でも、この後登場するiphoneという、革命的な発明が文句なしにモバイルの代表であり、Mac Book Airの登場は、ちょっと影が薄いような印象です。

この頃のエピソードとしては、Mac Book Airのシンボルでもあった、背面の光るりんご。

しかし、このころのAirは白いプラスティックの筐体で、今のアルミボディの2倍くらいの厚みがありました。

そして何よりも、カバーを開けて、背面を見ると、りんごマークが光るのはいいけど、りんごの向きが逆さになってしまっていた!

デザインを重視するAppleにしては、痛恨のデザインミスだと思う。あと、それをそのまま正規品として、しばらく流通させていたことも。

いつからか、逆向きのひかるりんごは改善されたけど、最近のモデルは、背面のりんごが光らなくなってしまったのが、残念でなりません。

Appleが、この光るりんごを廃止した意図が、全くわかりません。

Airからminiへ。(今回のまとめsummary.)

ここから僕はずっと、Mac Book Airを使い続けていますが、2年ほど前に、Mac miniに買い換えて、現在もそれを使っています。

それには、ある大きな事情があるのですが、そのことについてはいずれ、別の記事にまとめてみたいと思います。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

それでは、またいつかお会いしましょう!

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