今回は前回の記事の続き。「音楽との向き合い方について僕が思うこと②」完結編です。

前回は僕が言いたいことを具体的に示す事象として、ブルーノ・マーズさんのさいたまスーパーアリーナ公演を観に行った専属モデルさん二人の非常識な行為が大炎上した件について、結構熱のこもった批判になってしまいましたが、この事件から浮かび上がる、現在の音楽ビジネスのあり方について書いていきたいと思います。

それでは、行ってみましょう!

音楽を聴く時代から体感する時代へ。

僕が二十代の頃はちょうど’90年代です。音楽業界は、アナログレコードからCDへと大きく切り替わった時代でした。

そのころは、CDに切り替わるために、昔の名作アルバムの復刻が次々リリースされました。それまで、名作だと仕切りに評価は高いアルバムだけど、廃盤になっているので聴きたいのに聴けないと言ったことが多かったのです。

だから昔の名盤の復刻はとても嬉しかった。

’60年代あたりから、ロックファンの間でも、若者の消費物であったポップスやロックというジャンルが、クラシックやジャズのような一つの後世に伝えるべき作品として認知されだしました。

音楽ファンの間では、思い入れのあるレコードやCDを大切にして、何度も繰り返し聴くのです。レコーディング技術も進化して、凝った音作りが取り入れられたけど、それらは、当時の技術では、ライブでの完全再現が不可能でした。そういう理由でライブを行わないビートルズのようなグループもいましたが、大抵は違う楽器で、様々な形にアレンジして、ライブバージョンとして披露しました。そのアレンジの仕方にミュージシャンそれぞれの個性があったりしたのです。

でも、ローリング・ストーンズのような世界的なビッグ・アーティストがワールドツアーを恒例とするようになり、会場の規模も大抵野球のスタジアムのような野外型の巨大な箱ばかりになっていきます。

現代は、屋内型でも、同じくらいの収容数のドームなども作られ、一流ミュージシャンはこぞって、そこを利用してツアーを行います。

それだけの動員数を見込めないミュージシャンの場合は、フェスに出場します。つまりたくさんの参加ミュージシャンの中の一組なので、動員数を心配するリスクはありません。

もちろん大物アーティストがフェスに出場するというパターンもあります。そういうのは、その大物アーティスト自体がフェスの目玉にになります。以前引用したライブハウスのオーナーのいうように、全員が目当てのミュージシャンにしか興味がなかったら、フェス自体が成り立ちません。

つまり一枚の作品としての、アルバムをじっくり家で聞き込み、ライブは全くの別物として、生演奏を楽しむというスタイルから。とりあえずライブを見に行って、ステージのミュージシャンや大勢の観客と一緒に盛り上がるお祭りへと変化しました。

お祭りとしてのライブの一体感。

最近のフェスなどの収容人数の巨大な規模のライブは、昔と違って音響機材の発達により、後ろのほうでもいい音が聞けます。またステージが遠くて見えなくても、バックスクリーンなどにライブでステージ上の様子が大きく映し出されるのでメンバーの動きなども把握できます。

また様々な演出が用意されていて、凝った映像を展開したり、様々な企画・

演出がなされていて単純に見て楽しめるようになっています。

さらに最近では、それでもチケットに当選できない人のために、ライブビューイングなんていうのもあります。これは、指定された映画館のスクリーンにネット回線を通じて、ライブ会場の様子がリアルタイムで映し出されるというもの。その時は、映画館の中も、ライブ会場と同じ盛り上がりだそうです。

まさに、雰囲気や空気感を全員で共有できる様々な仕掛けが凝らされています。まさにお祭り騒ぎですね。

流行を追いたいだけの、モデルさん達もこういう雰囲気の中で、つい自撮りを始めてしまったのでしょうか?

そう、音楽をじっくり聞き込みたいのであれば、家でCDや配信の音源を聞けばいいのです。

ライブ会場という大きな箱の中で、好きなミュージシャンとそのファンとで一つの空気を共有しているという一体感。興味がないけど友達に誘われたから来てみたという人たちも楽しめるような雰囲気・空気感、そして演出ですね。

こうした一体感、お祭り騒ぎの楽しさは、確かに一度体験すると病みつきになりますね。

お祭りライブの弊害。

こうした音楽ライブのあり方の変化を別に非難するわけではなく、音楽を聴く側も、柔軟に対応していくべきだと思うのですが、それでも、お祭りライブの弊害というものはあります。

それは、ミュージシャンやバンドの個性やキャラ、ビジュアルばかりを見て惹かれ、応援してくれるのはいいのですが、純粋な意味で音楽を聴いていないので、ファンになってもずっと熱心に応援するあまり、他のミュージシャンやバンドをに興味を示さず、場合によっては、攻撃したり、ファン同士で喧嘩したりすることです。

いわゆる「熱狂的信者」ですね。

つまりその人達は、他の音楽を聞き入れて音楽の幅が広がるなどの成長をしないので音楽ファンにはなり得ないし、そうやって熱心に応援するだけなら、その人たち熱心に崇拝しているミュージシャンはアイドルやテレビタレントと扱いは一緒です。

そして最近のミュージシャンは、昔よりも音楽を自由に作れる環境にありながら、作品性の高いアルバムや曲を作ろうとしません。もちろん全員ではありませんが。

人気ミュージシャンがテレビタレントと一緒になってしまいます。これではミュージシャンとしての存在意義がないですね。

具体的にいうと、最近は曲の魅力や好きな曲の条件を聞くと、大抵が歌詞の内容を解説し始めます。つまり歌詞に込められたメッセージや物語、世界観に惹かれる傾向が強くなっているのです。

これでは純粋な音楽ファンは減っていく一方ですね。

まとめ。Summary.

僕の好きなミュージシャン達はみんなものすごい沢山の音楽を聴く、”Heavy Listener”ばかりです。本当の意味での音楽オタクです。

入り口として、ミュージシャンの個性やキャラ、ビジュアルに惹かれるというのも悪くありません。最初は「ただ流行りに乗って」も大いに結構です。でもそこから音楽の幅が広がっていかないなんてもったいない。

せっかく音楽という魅力的で広大な世界に片足を踏み入れているのに。

若手のミュージシャン達も、信者達に媚びて個性の強調やビジュアルを磨くだけで終わらず、自分なりの音楽世界を深めるようになってほしいですね。

それでは、今回は以上です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

それでは、またすぐにお会いしましょう!

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